1.目覚めの驚きとそれに関する報告

 

自分の職業柄、目覚めるとどこかもわからぬ場所だった、なんてのはよくあることだった。
戦の最中に気を失って、気が付くと見知らぬ民家で介抱されていたりだとか、敵国の軍人に襲われて、意識が戻れば日の当たらない地下室だったりとか。気付けば王宮の地下牢だったときには、もう今後どのようなことがあっても自分は驚かないだろうとさえ思った。慣れすぎて、感覚が麻痺していたのだと思う。実際のところ、そのあとまた色々あって、雪山に衣一枚の状態で意識を取り戻したときは、驚きと言う驚きは全くわいてこなかった。寒さはあったが。
だがしかし、である。
「…………………」
目覚めて一番に目についた、天井にある、さらりとした表面が、淡く発光した物体。コォーと音をたてて、その口のような部分をゆっくり動かしながら、暖かい風を自分に届ける箱形の物体。魔法とは少し違う、この世のものではない何か。これは夢なのだ、そう理解して、寝転んだまま腕を動かして頬をつねったが、なんと痛い。
夢ではない。その情報は、嫌に冷静に、頭の中へするりと入り込んできた。
「…………………」
とりあえず、むくりと体を起こす。そのとき、腕と足に包帯が巻いてあるのを見て、そういえば気絶する前は戦場にいたことを思い出した。
痛む足を庇いつつ、寝具から足をおろすと、ヒヤリとした床の感覚が足先に伝わった。そして気付く、この床は石ではない。さらに言うなら木目の模様だが、しかし木製の床でもない。やけに足の裏に吸い付く材質の床。こんなもの、我が国には存在しなかったはずだが、と眉をひそめる。魔法で生成したのだろうか。
「…………………」
悩んでいてもらちが明かないので、とりあえず自分の周囲を見回してみた。すると、視界に入る、部屋の隅に鎮座する大きな本棚。上から下までぎっしり本がつまっている。魔法書か何かの類いだろうか。だとするならば、ここはやはり魔術師の住まいということになる。
自分で導きだしたその結論は、なかなか理に適っていると思った。不思議な発光体、ツルツルとした材質。むしろ魔法でなければなんだというのか。
「……………ふぅ」
一息付いて、疑問が解決したときのあの解放感が体を満たすのを感じた。しかし考え事が終わると、とりわけすることもなくなる。茫然と寝具に腰掛けているのもなんなので、怪我の具合を確認するためにその場に立ってみた。そうっと体重をかけたとたんに、ズキリと痛む左足。この調子だと治るのに半月はかかるだろうなとため息をつく。
次に腕をぐるんとまわす。肩はやられていない。傷の方も軽傷のようで、足ほどの痛みはなかった。
「………王宮に報告書を届けねば」
不意に口をついてでたその言葉は、このような事態になったときの常套句だった。鳥か、あるいは馬か。魔術師が住んでいるのなら、そのどちらもあるだろう。王宮にから近ければ馬でも良いだろうが、遠い距離ならば鳥の方が早い。
「そういえば窓があったな」
外の景色を見れば、ここが田舎かそうでないかがわかる。ゆっくり、一歩一歩近付くと、窓に垂らしてあった日除けをおもいっきり開いた。
「………………え?」
だが出てきたのはその一言だけだった。目に飛び込んできた風景は、己の知る田舎の景色でも町の景色でもない。黒っぽいもので覆われた地面の上を金属の塊が駆け抜け、並ぶ家屋も、多くが二階建てであるうえに、見たことがないような姿形をしている。またそれ以前に、見える景色がやけに地面から遠い。まるで上空から地表を見下ろしたようだ。二階建ての家屋がここまでたくさんあることすら、城下町でもない限り珍しいことであるのに、一体この建物は何階建てだと言うのだろう。
この町全体が魔術師の国だと言う雰囲気はない。魔法が使われている気配さえない。そこはよくある町並みと同様だ。ただそれ以外のなにもかもが、自分の知る常識と違った。
また金属の塊が道を滑って行く。喧騒はない。本当に穏やかな、穏やかな、町並み。


「…………ここはどこだ………」


乾いた空気に響いた情けない言葉は、確かに自分のものだった。