ATTENTION!
これは「APヘタリア」のノマカプにょたりあの二次創作です。
以下の要素が含まれます。
・英 × にょ仏 のカップリング要素
・仏の化身が女性。(女体化ではなくまったく別の人として書いています)
・国名呼び
ご了承いただける方のみ次へお進みくださいませ。
船は揺れていた。
午後七時。黒い海の上に浮かぶ巨大な客船。フランス……もといフランソワーズは、紫の大胆なスリットが入ったタイトなドレスを纏って、甲板の手すりにもたれかかりながら、黒々とした海を眺めていた。
船の中にある広間ではパーティーが行われている。ときどきかすかに笑い声が聞こえるが、フランスはそれを聞くたびに溜め息をついた。もともと、お偉い方に誘われて渋々参加したパーティーである。気分はのらないし、疲れているうえ、彼女はなによりあの空気が嫌いだった。上っ面の、ただ利用し合うだけの、友人を気取ったようなあの生ぬるい空気が。別にだからと言って、親友のような関係も望んではいない。なんというか、パーティーには一種の「無法地帯感」があるのだ。それがたまらなく嫌だった。
さっきは、どこのだれかもわからない男に絡まれた。やんわりと断って逃げてきたので、ほとんど話すことはなかったが、異様なほどにそれだけで疲れてしまった。
「………戻りたくない……」
ぽつりと漏れでたその言葉は、確かに本心だった。
「あぁ、祖国!そこにいらしたのですか!」
ふいに呼ばれ、はっと振り替えると、その例の絡んできた男がいた。フランスは隠すことなく眉をひそめる。
「なにか?」
「いえ、ただお話をしたかっただけなのですがね。…………横よろしいですか?」
嫌とは言いづらかったので、何も言わずに微笑む。当たり前だが、彼はそれを肯定と受け取り、フランスの横の手すりにもたれた。
「どうぞ」
彼はそう言って、赤ワインの入ったグラスを差し出してきた。「ありがとうございます」と簡単なお礼を言い、受け取ろうと手を伸ばすと、男はその手首をぱっと掴んだ。
「………」
露骨に嫌そうな顔をするフランス。気付かないのか、それともわざとなのかはわからないが、彼はそのまま続けた。
「いやぁ……本当にお綺麗ですね。我が祖国ながら惚れ惚れしますよ、そう、本当に………」
気が付いたときには、顔がだいぶ近かった。実に不愉快極まりない。こいつの鈍感もろともぶちこわしてやろうかしら、と不穏な考えが頭をよぎる。とにかく一発蹴りをかましてやろうと、足を振り上げようとしたそのとき。
ゴスッと鈍い音がして、目の前の男が一歩後ずさった。脇腹を押さえて呻いている。自分はまだ何もしていないのに、と首をひねるフランスの後ろで、低く、少し怒りのこもったような声が聞こえた。
「悪いが、こいつは俺のだ」
直後、黒手袋をつけた、男性にしては細い腕がフランスの体に回される。この手を彼女は知っていた。そして不思議とこれは嫌でもなかった。ただ、あぁやっと来たなと、まるでそれが当たり前のように感じて――――そして、フランスは自分の横に立った、金髪の青年の顔を見上げた。
イギリス、その人だ。
「お、おま………!」
呻いていた男が、やっとの思いで立ち上がり、イギリスの翡翠の目を睨んだ。しばしにらみ会う両者。敵わないと悟ったのは無礼な男のほうだった。「覚えてろよ!」といかにもな台詞を吐き、彼はパタパタと早足で去っていった。
「おまえな」
イギリスがフランスに向けた第一声はそれだった。
「んもー、センスないのねぇ。助けたとはいえ、そんな態度じゃ嫌われちゃうわよ。ましてや『おまえ』なんて………」
そこで盛大に溜め息をつくフランス。
「イギリス紳士が聞いて呆れるわぁ」
「う、うるせぇよ! おまえこそ、助けてもらって礼のひとつもないだなんて人としてどうかと思うぞ!」
「あら、私は貴方の助けなんかなくてもあの男くらいちょちょっとやってのけたわよ。………まぁでも」
そこで言葉をとめたフランスを、イギリスは首をかしげて見つめた。フランスはいたずらっぽく笑うと、小走りでイギリスにかけより、耳元でこう、囁いた。
「ありがとう、紳士さん」
「~~~ッ‼」
慌てて耳をおさえ、顔を真っ赤にするイギリス。照れちゃって可愛いんだからぁと猫なで声でいうと、彼は「ふざけるな!」と、やはり顔を真っ赤にして叫んだ。
その反応ににんまりとしたフランスは、なお言葉を紡ぎ続ける。
「でもくさい台詞だったわねぇー、『こいつは俺のだ』ですって」
「あれしか思い付かなかったんだよ!」
「あら、褒めてるのよ? 嬉しかったって」
「………!」
イギリスは一瞬目を点にすると、ばっとフランスに背を向けた。拗ねたのではない、照れているのだ。その証拠にほら、耳まで真っ赤、とフランスは胸中でひとり呟く。
「………そういえば、今日のパーティーに坊っちゃんも来てたのね。」
少し間を開けてから、フランスは努めて明るく言った。
「おまえ………主催者なんだから来賓くらい確認しとけよ」
「ざーんねん。お姉さん、実はこのパーティーはあんまり乗り気じゃないの」
「あぁ、だからここにいたのか」
幾分か落ち着きを取り戻したイギリスは、なるほどと言いながら頷いた。
「そういう貴方は?」
「………あぁー……その……偶然だ」
「ふぅん?」
「あ、ほ、ほら、空が綺麗だなぁ!!!」
唐突にイギリスがそう言って空を指差した。誤魔化すためとはわかっていたが、なんとなくその指につれられて空を見上げると、その空は本当に綺麗だった。
新月なのだろうか、月は見えない。だから余計に星の輝きがひときわ目立ち、それはこの明かりのない甲板のうえでも、暗いとは感じないほどだった。
「ほんとねぇ………綺麗………。星が近く見えるわね、手が届きそう」
そう言って、フランスは片手で甲板の手すりをつかみ、空いた手を空にかざした。もちろん届きはしないが、指の間から見える星空が、まるで自分の手の中に収まったかのように見える。私、空のダイヤモンドを手にしたんだわ、とフランスは愛の国らしいロマンチックな気分に浸った。
イギリスはしばらくそんなフランスを眺めていたのだが、やがてゆっくりとフランスの横の手すりに肘をかけて、同じ様に空を見つめた。
「………なぁ、フランス」
ぽつりと、イギリスが独り言のように言った。
「俺、さ。前からずっと言おうと思ってたんだけど………俺、おまえのことが…………その……なんていうか………」
フランスがイギリスのほうを向いた。イギリスはフランスを見ない。だが彼女は気付いた――――彼の耳がわずかに赤いことに。
「……俺」
決意をにじませた彼の声が、フランスの耳に響いた。
「おまえのことが、す」
「坊っちゃん」
はっとイギリスが彼女の顔を直視した。自らの唇には、フランスの人差し指が当てられている。
「坊っちゃん、私ね」
そのままでフランスは続けた。
「私、今はなにも聞いていないし、聞きたくもないわ」
そう言って、本当に美しく微笑む。女神の微笑とはこの事かと、そして、あぁまた今回もかと、イギリスは、もうこのような土壇場の妨害に慣れたかのようにぼやいた。
「………言わせてはくれないんだな、やっぱり。もう何度目だよ」
「………」
彼女は答えない。ただ、今度はさっきよりも少し悲しげに微笑んだ。ずきりとイギリスの心が痛む。だがくるりと回ってもう一度イギリスに微笑んだときには既に、彼女はいつも通りの「フランス」だった。
「あー、なんだか喉が乾いちゃった。私ホールに戻るわ。こういうときはワインで潤さないとね」
そして愛らしいウインクをひとつ。
「………ずりぃよ。おまえ。」
「なんのことらしらね? まぁいいわ………じゃあね坊っちゃん」
あなたもはやく戻りなさいね、と付け足して、フランスは優雅に甲板を去っていった。イギリスはその背を見つめることしか出来ず、彼女の姿が完全に見えなくなってから、ひとつ、重い溜め息をついた。
「あんにゃろー………」
嫌なパーティーにまでいってこの場を逃げたいか、と毒づいたあと、彼は手すりにもたれかかって、黒々と揺れる海をどこともなく見つめた。
何度目だといいつつ、イギリスはもう何度彼女に告白を妨害されたかわかっていた。一回目は二人で行ったバーで、二回目は彼女の誕生日のとき。三回目は前の世界会議の前日で、四回目はドライブで夜景を見に行ったとき。そして今回である。もう五回目だ。
「嫌われてんのかな………俺………」
口をついて出た言葉とは裏腹に、嫌われてはいないのだと彼の直感が告げていた。仮にもしこの直感が間違っていたとしても、思いをきちんと言うことくらいはしたかった。しかしフランスはそれすら許さない。そしていつも決まって、邪魔をしたあとは悲しそうに微笑むのだ。
「…………なんだってんだよ」
今日の彼女の微笑みが頭に浮かんだ。思いは伝えたい。でも悲しい顔はさせたくない。その両方を成立させる方法はないものなのか。
イギリスは空を再び見上げた。満天の星空。
「…………」
フランスの顔が、浮かんだ。
「……I love you」
おまえさえいなかったら、こんなに簡単に言える言葉なのにな。そう呟いて、イギリスはゆっくりと、悲しそうに微笑んだ。
パーティー会場に戻ったフランスだったが、彼女の頭のなかには、先程のイギリスとのやり取りしかなかった。
ずいぶん昔から、彼が自分のことを好いているのは知っていた。イギリスは昔から考えていることが顔に出るタイプだったし、なにより、自分に対するあからさまな態度がそう言っているようなものだ。一回目の告白はだいたい一年前だったから、それまでのウン百年間、彼は自分への思いを秘めていた………つもりなのだろう。
そこで溜め息をつくフランス。自分でも、なぜそこまでして彼の邪魔をするのかがわからない。ただ、『言わせてはならない』と、土壇場になって、その言葉が脳を占拠するのだ。直感とはまた違う何かが。
聞いてしまったら、もう戻れない。そう、「国」である間は、もう戻れないのだ。
「………Je t’aime」
ひとりなら、こんな簡単に言えるのに。
フランスは自分の左手を見つめた。目を閉じて、甲板でつかんだ空のダイヤモンドを思い出す。あの宝石が、この薬指にあったら。私たちは「国」だから、そんな言葉なんて関係なく、ただ愛し愛されるのみだったら。もしもの話でしかないものの、フランスはなにかを愛でるように微笑んだ。
「………この指には、貴方からのものしかはめられないわね」
まだ告白は受け入れられそうにないけれど。ごめんなさい。そう呟いて、フランスはそっと、自らの指に口付けた。
「Je t’aime……le Royaume-Uni」