彼女と死神


ATTENTION!

 

これは「APヘタリア」のノマカプにょたりあの二次創作です。

以下の要素が含まれます。

 

 ・普 × にょ仏 のカップリング要素

 ・死ネタ

 ・仏の化身が女性。(女体化ではなくまったく別の人として書いています)

 ・現代パロ(風)

 ・人名呼び

 

ご了承いただける方のみ次へお進みくださいませ。

 


月明かりに照らされて、病室の壁がぼんやりと白く光っていた。少し鼻に抜ける薬品の匂い、腕から伸びる無数のチューブ。心音を測る機械は一定の電子音をならし続け、身体中には耐え難い痛みが波のように襲う。口の中は先程吐いたばかりの血の味が残っていた。五感のすべてが、自らの死を悟っている。

病室の主は目を閉じて力なく笑った。一方で、心のうちでは、彼女は己の死期が近いことを心から喜んでいた。やっと、やっとこの日がやって来た。長年待ち望んでいたこの日が。彼女は自らの左手の薬指で輝く指輪に、そっと口付けた。

「あと少しだわ………」

「なんで嬉しそうなんだ

突然、自分以外誰もいないはずの病室で、自分のものとは違う男の声がした。ゆっくりと瞼を開けて横を見やれば、真っ黒なローブに大きな鎌、という普通ではない出で立ちの男が立っていた。真っ赤な瞳は黒い彼に良く映え、彼の銀の髪は月光を受けるたびにキラキラと輝き、星の輝きをそのままうつしたかのようだった。

「フランソワーズ=ボヌフォア、か

確かめるように男は聞いてきた。しかし彼女……フランソワーズはそれには答えず、変わりに、彼女がまだ元気だった頃そうしていたように、強気な口調で言った。

「その前に、まず自分の名前を名乗ってくださらない 女性に対する礼儀がなってないわ」

男が面食らった顔をしたのを見て、フランソワーズは微笑む。

「と言っても、貴方の名前だなんてわかりきっているけれどね…………死神さん

「………驚かないんだな」

死神の淡々とした返事に、彼女は余裕たっぷりに頷いた。

「驚かないわ。私は神様を信じているの。もちろん死神だって神様だわ」

そして死神の顔を正面から見据える。

「ということは、合ってるのね

男は間を開けて頷いた。

「フランソワーズ=ボヌフォア。おまえの魂の徴収に来た。悪いがおまえは………」

「えぇわかってるわ。死ぬんでしょう私。嬉しくって嬉しくってしょうがないのよ」

死神の言葉を遮って、フランソワーズは本当に嬉しそうに微笑んだ。死を間近に控えた人間のものとは思えないほど美しく。

「嬉しいって

死神は露骨に怪訝そうな顔をした。

「それは何故

「フフ、それはねぇ………空の上に、私の好きな人も行っちゃったからよ」

死神が目を丸くした。

「意外 でも私その人のこと大好きだったの」

そう言うフランソワーズの顔は、さながら少女漫画の主人公のようだった。死神が何かを言おうと、口を開きかけた瞬間、彼女は「あ」と何かに気付いたように言葉を漏らした。

「彼もね、綺麗な銀髪に赤い目だったのよ。死神さんもそうなのね。ギルと同じだわ」

フランソワーズが死神に手を伸ばした。だが死神はそれをぱっと避けると、何故か苦しそうに顔を歪めた。

「悪いが、俺に触れればおまえは即死だ。触れることは許されない」

「私を殺しに来たのに変なこという人ね」

「俺は人じゃない」

「………あらそう」

つまらない神さまだこと、とぼやき、彼女は不満そうに頬を膨らませた。その様子を見た死神は、死神らしからぬ感情を滲ませた態度でひとつ、溜め息を付いた。

「おまえが死ぬ時間も決まっているんだ。その前に死なれては俺が困る」

「あぁ、そういうことなのね」

納得したようにフランソワーズは頷いた。因みにいつ と尋ねると、死神はぼそりと「明け方」と呟く。

「かなり時間があるのね」

心底残念そうに言うフランソワーズ。

「はやくこの痛みから解放されたいけれど………決まってるのなら仕方ないわ」

「…………」

死神はなにも言わずに彼女を見つめていた。

「何かしら、死神さん」

「あ、いや…………」

死神は口ごもる。暫くその赤い瞳をきょどきょどとさせたあと、やっと「確かに、時間があるなと………思っただけだ」と絞り出すように言った。

「そうねぇ。それじゃあ、私の話を聞いてくださる ………話している間は痛みも少し忘れられるから」

フランソワーズの言葉は彼にとってまたも意外なようだった。呆けた表情の死神は何度か瞬きをしたあと、近くにあった椅子を引いた。鉄パイプでつくられたよくある背もたれ付きのその椅子に腰かけた彼は、ゆっくりとフランソワーズのほうを向くと、「どうぞ、Prinzessin(お姫様)」と言って笑う。

「懐かしい」

ベッドの上のお姫様も微笑んだ。

「彼もよくそう言ってくれたのよ。あなたとおなじドイツ語。………そう、じゃあ彼の話をしようかしらね。時間はたっぷりあるわ」

「そうだな」

そう言って苦笑した死神を見てから、フランソワーズは口を開いた。





彼はね。さっきもいったけれど、死神さん見たいな銀髪に赤い目をしていたの。名前はギルベルト。ギルベルト=バイルシュミット。たしかドイツの生まれだったかしらね。住んでいたのはフランスだったけれど、凄いドイツ語が上手だったの。

彼と出逢ったいきさつ あー………と、親同士が親しかったのよ。ちっちゃい頃からよく遊んだわ。そう、幼なじみ。学校も高校までは全部一緒だった。それでそのときにギルのほうから告白されて………付き合うことになったの。二人とも若かったし、大学は別々だったから、高校を出てそのままサヨナラだったけどね。

でもね、やっぱり運命ってあるんだなぁって思ったんだけど………俺は運命を信じない 悲しいこと言うのね。まぁ今は置いといて……その後、二人が社会人になったときに街で再会したの。二人ともそのとき付き合っている人はいなかった。だから自然と、その流れでまた付き合うことになったわ。いわゆる元サヤ。高校のときは結構甘酸っぱい恋をしていたから、それを少し引きずる感じで、ちょっと大人にしては若い付き合い方だったわね。私は彼に会う前までにそこそこ色んな男の子と付き合ったからそういう空気にもなれていたけれど、彼は違ったみたい。初デートのときみたいに顔を真っ赤にして手を繋ぐの。今思えば凄く可愛かったわね。………それはいい なんでよ。あら、あなたも顔真っ赤ね。………はいはい続きね。せっかちなんだから………。

その後は………うん、まぁそこそこ色々あったけれど、ある程度好調に進んだわ。結婚も目前って言われた。でも………

でも…………運命って残酷よね。ほんとうに何でもないある日よ。そのときは同居してたから、私、家で彼の帰りを待ってたのよ。たまたま私のほうがはやく仕事終わったから。でも12時を回っても彼は帰ってこなかった。流石に電話したわ。どこにいるのって。でも、電話に出たのは彼じゃなくて、全然違う男の人の声。…………自分は警察だって。ギルベルトさんは事故にあわれて亡くなられましたって、声は言ったわ。信じられなかった。嘘でしょって何度も聞いたけど、答えは一貫してノン。すぐに病院に行った。そして………私は電話が嘘じゃなくて現実なんだって………突き付けられた。彼はもう冷たくて、それが凄く怖かったのを覚えてる。

…………いいのよ別に。どこかの物語みたいにチープな話だってことはわかってるから、笑ってくれても。実際、その後すぐに私は重い病気にかかって、今この様。自分で笑っちゃうわ。私たち二人、とても不幸だったのよ。………でも私ね、今は幸福だわ だってやっと彼に会える。二年も待った。この日をどれだけ待ちわびたことか 貴方にわかる私にとって、貴方は幸せの神なのよ。





そこでフランソワーズは口をつぐんだ。彼女のバイオレットの瞳はひたすらに死神に注がれている。

「泣いているの 死神なのに

死神は泣き顔のまま、赤い瞳を涙で一杯にしてもなおそのまま、ニコリと微笑んだ。

「死神だからといって心がないわけじゃない」

彼は立ち上がり、側に置いておいた鎌を手に取った。

「………俺様だって、悲しくなったり、笑ったりするぜ

少し調子にのったように、死神は、今までとはうって変わってお気楽に笑った。

「あら、随分お調子者な死神さんね」

フランソワーズもフフフと楽しそうに笑う。それを見て一層目を細めた死神は、窓辺にゆっくりと近付くと、静かに告げた。

「夜明けが近いんだ、フラン」

「……… その呼び方、彼も私をそう呼んでいたの。 ……何故わかったの

すると、明るかった死神の様子が一気に暗くなった。とても、とても悲しそうな顔だわ、とフランソワーズは胸のなかで呟く。

「………俺は」

「あ、」

死神の震えた声を遮って、彼女は手をポンと打った。

「わかった。当てるわ。貴方の仕事は死を管理することよね。だからギルの死も管理したのよ、違う だから彼の台詞とか、口調がそっくりなんだわ。貴方、彼のこと知ってるのね」

死神は随分長いこと俯いて黙っていた。だがやがて顔をあげると、かすれたか細い声で「その通りだ」と肯定し、ギルベルトそっくりな顔でニカッと笑った。

「やっぱり」

フランソワーズは自分の推測が当たって嬉しいようだった。何度か嬉しそうに手を叩いたあと、何かを思い出したように死神のほうを向く。

「……夜明けまであとどのくらい

「………もう、もう夜は明ける」

彼が言った直後だった。東の空がさぁっとオレンジ色に染まり、病室が、街が、世界が、黄金色に輝く。

その様子を見ていたフランソワーズが、ぽつりと呟いた。

「………ねぇ。確か、貴方に触れることで私は死ぬのよね」

死神は頷いた。

「それなら……本当にワガママで申し訳ないんだけれど………私をキスで殺してくれないかしら」

「………‼」

「わかってる。ごめんなさい、自分でも酷いことを言ってると思うわ。貴方は彼に似て非なる存在だもの。でもせめて」

フランソワーズの頬を、涙が一筋伝った。

「………せめて、生きる最後の一瞬だけ、彼を感じさせて……」

それから先は言葉にならなかった。言えなかったのではない。既にその唇は、死神の口で塞がれていた。

ありがとうという時間はもう無いことくらい、彼女にだってわかった。だんだんと目の前が霞んでくる。痛みがじわじわと引いていき、音は遠ざかるように聴こえなくなっていく。

即死だなんて嘘じゃない、とフランソワーズは言葉にはせずに毒づいた。それはまるで遅効性の甘ったるい毒薬のような感覚だった。ひょっとしたら彼女が自らの時間をゆっくりに感じているだけで、実際はほんの一瞬なのかも知れないが、今更そんなことはどうでもいい。やっと死ねる。その悲願が叶うのだ。

………あぁでも。

自分はなんて愚かなのだろうと思いつつ、彼女は考えることを止められなかった。もう一度ギル、あなたに会えたら。

そのとき、もうぼんやりとしかわからない視界に、銀髪に赤目の青年が写った。笑っている。あのときと何も変わらない顔で、笑っている。そこにいたのね、私の愛しい人。

今、行くわ

 

 

それきり沈黙した彼女の横に、もう黒い影の姿はなかった。